promised
〜last story〜







ぼくは、ひとりテレビの前にいた。
今日は、古馬になったゴッチャンが、今年初めて出走する日。
ぼくは、気合いが入っていた。
もうゴッチャンの走る姿を見ることはないかもしれないと思っていたから。
昨年、菊花賞を制したゴッチャンは
ジャパンカップに出走したけれど三着に終わった。

それでも先着を許したのは外国招待馬で
日本馬の中では最先着だった。

まだ、三歳馬だし先があると
みんながゴッチャンの健闘を讃え
ゴッチャンの実力を認めた。

その後、有馬記念は使わずに
春の天皇賞を目標に休養に入ったのだ。






天皇賞を目標とするなら
3月の阪神大賞典から始動するのではないかと予想していた。

ぼくは、卒業と同時に、ここ日本を離れる。
もう戻らないつもりだ。

だから、もうゴッチャンに会えないと思っていた。
いくらネット社会だと言っても、結果ぐらいの情報しか得ることはできないだろう。
友樹ならビデオくらい送ってくれるかもしれないけれど。
ぼくは、ゴッチャンの関係者の方に、本当によくしてもらったから
最後にゴッチャンにお守りを送った。

そして、外国へ留学すること
だから競馬場に応援には行けないけれど
活躍を期待していることを付け加えた。

すると。
2月に一度使うから応援してやってください
という返事をいただいたのだ。

出発に合わせてくれたわけではないけれど、とてもうれしかった。
ゴッチャンが走る、その同じ時に声援を送ることができる。




テレビの画面には、パドックを周回するゴッチャン。
大写しになった時
ハミと手綱を結ぶために顔にかけられた頭絡に
ぼくが送ったお守りがつけられていた。

京都は前日から雪が降り続き、開催が危ぶまれていたけれど
何とか朝には雪も止み馬場も整備されたと、アナウンサーが語っていた。

従って、重馬場発表だった。
ここにきてまた雪がちらつきはじめたようで
ひらひらとした白い物体がゴッチャンを取り巻いていた。

ゴッチャンは大本命に押されていた。
他の馬は、重賞戦線に乗ってはいるものの、ゴッチャンの相手ではなかった。
どんな強さを見せるのか、そこに注目が集まっていた。
本場馬入場でも、いつもと変わりないゴッチャン。
歓声に驚くこともなく、悠々とその美しい栗色の馬体を見せつける。
そこには、自信が溢れていた。
菊花賞を勝ち、ジャパンカップで最先着し
これからは、最強馬をめざす。

このレースは彼の最強馬への試金石となるのだ。





画面が返し馬をするゴッチャンを追っていく。
その姿にぼくは少し違和感を感じた。
すごく走りづらそうだった。
ゴッチャンは運がいいのか悪いのか、重馬場の経験がないのだ。
ファンファーレが響き、ゲートインが開始された時にも
ゴッチャンはぐずってなかなかゲートに入ろうとしなかった。

両前脚をふんばって
引っ張られても叩かれても前に進もうとしなかった。

走りたくないと、懇願しているようだった。
だけど馬にそんな権利は与えられていない。
走らなければならないのだ。
走ることを自らやめることはできないのだ。
ゲートが開き、スタートが切られた。
逃げを得意とする競走馬の悲しい性か
ゲートオープンと同時に好スタートを切ったゴッチャンは
いつものように先頭に踊り出た。

どの馬にも、泥を浴びせられることはなく、先頭を走った。
だけど・・・ゴッチャンがゴール盤を駆け抜けることはなかった。





京都競馬場の第四コーナー。
後続に大差をつけて先頭を走っていた
ゴッチャンの身体が前につんのめった時
ぼくは思わず声をあげた。

同時に実況のアナウンサーも大声をあげた。
大きな馬体が地面に崩れ、騎手が投げ出された。
しかし、画面はレースを追っている。
もうレースなんてどうでもいいから
ゴッチャンを映してよって、ぼくはテレビの前に詰め寄った。

ゴールを告げる実況の後、四コーナーが映し出された。
騎手は担架に乗せられ
倒れてもがいていたゴッチャンは自力で立ち上がったのか
立っていたけれど、三本脚で踏ん張っていて
左前脚が第一間接あたりからぶらぶらと揺れていた。

そこへ駆けつけてきた厩務員の山下さんに、甘えるように寄っていった。
CMに切り替わる。
ぼくはテレビを消した。






競馬が好きになってから、いろんなビデオを見たし、本も読んだ
だからわかる。

あのケガじゃ助からない。
過去の名馬の中には
安楽死を選ばず手術に踏み切った馬もいるけれど
それはただ彼らに苦しみを与えただけだった。






ゴッチャンは、ぼくに競馬を教えてくれた。
怪我するかもしれないのにどうして走るんだろうって疑問に思ったぼくに
『走るために生まれてきたから走る』と
自分の運命を悟っているかのように教えてくれた。

今日、走るのがつらそうだったゴッチャン。
だけど、運命に逆らわず、走り続けたゴッチャン。





走るために生まれてきたけれど、自由に走ってこれたのかな?
人間の私利私欲の道具にされて
たった4年の短い生涯で
ゴッチャンは満足しているかな?






ううん、ゴッチャンはとても幸せだったに違いない。
厩務員の山下さんや
調教助手の野中さんがぼくにくれた手紙は
いつだってゴッチャンの愛でいっぱいだった。

最近機嫌がいいとか
よく食べてなかなかしぼれないとか
隣りの馬房の牝馬が好きみたいだとか
いろんなことが書かれていた。






ぼくだって、先輩と暮らしたこの2年間は、とても幸せだった。
つらいこともあったけど
先輩の愛に包まれて
ぼくはやっぱり幸せだったとしかいえない。

そして、ぼくは人間だから、自分の運命は自分で決めた。





ゴッチャンとの思い出は、先輩との思い出でもある。
先輩への思いは全部持っていくつもりだったけれど
ひとりじゃ持ちきれないほどたくさんあるんだ。






だから、ゴッチャン。
少しだけ、先に持って行ってくれるかい?
今度、ゴッチャンに会うときに受け取りに行くから。
いつ会えるかわからないけれど
人生なんて先のことはわからないから・・・

もしかしたら、近いうちに会えるかもしれないから・・・
だから、捨てずに持っていてよね。
その時が来たら
かわりにゴッチャンがいちばん輝いていた
菊花賞のビデオ、見せてあげるから・・・・・・








〜おわり〜

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